木工事を担当している大瀧善賀津です。このホームページに登場する、ほとんどの現場を担当させていただきました。
大工になるためには、親方を訪ねて修行するのが一般的なのですが、私の場合は、父以外には親方を持ちませんでした。
独学で学んだために遠回りすることにもなったのかも知れませんが、古い慣習にしばられることもなく、バリアフリー住宅を造り始めることができました。
木工事を担当している大瀧善賀津です。このホームページに登場する、ほとんどの現場を担当させていただきました。
大工になるためには、親方を訪ねて修行するのが一般的なのですが、私の場合は、父以外には親方を持ちませんでした。
独学で学んだために遠回りすることにもなったのかも知れませんが、古い慣習にしばられることもなく、バリアフリー住宅を造り始めることができました。

20年程前に、両足を骨折する大きなけがをしたことがあります。車いすで病室脇のトイレへ行き、車いすから便器の乗り移るとき、初めて手すりのありがたさを実感しました。大変なけがだったのですが、バリアフリー住宅の役に立ったのだと、前向きにとらえています。
2006年に、数年待たされた(自分の家を造るというのは、お客さんを待たせてまですることではないので...)、我が家を造ることができました。5人家族の我が家は、45坪、高気密高断熱化の木造3階建てです。