高気密・高断熱で手仕事を活かし、個別の対応の注文住宅・リフォームの設計・施工が、大滝建築事務所の仕事です。
介護保険制度がスタートする以前から、独自にバリアフリー住宅に取り組んできました。
現在は年平均で、新築が3棟ほど、リフォームを20件ほど手掛けています。
地域としては関東近県が主ですが、兵庫県内の外装工事を伴う大規模なリフォームを請けたこともあります。
最近では、幼稚園や保育所、地域医療のための診療所なども手掛けています。2011年12月で創立25年を迎えることができました。
高気密・高断熱で手仕事を活かし、個別の対応の注文住宅・リフォームの設計・施工が、大滝建築事務所の仕事です。
介護保険制度がスタートする以前から、独自にバリアフリー住宅に取り組んできました。
現在は年平均で、新築が3棟ほど、リフォームを20件ほど手掛けています。
地域としては関東近県が主ですが、兵庫県内の外装工事を伴う大規模なリフォームを請けたこともあります。
最近では、幼稚園や保育所、地域医療のための診療所なども手掛けています。2011年12月で創立25年を迎えることができました。
落水荘(カウフマン邸)- ペンシルベニア州。ライトの名作
私が埼玉県内の設計事務所でキャリアをスタートさせた当初はバブル時代。設計事務所同士が、受注棟数や規模を競い合い、多忙で夜も帰れない状態でした。
それでも、設計事務所からたくさんの資料を持ち帰り、自宅で夜間も休日も建築の勉強を続ける日々となりました。
その中で気付いたのが、フランク・ロイド・ライトも、ル・コルビュジエも、「住宅に始まり住宅に終わった」ということでした。
吉村順三や宮脇壇などの建築家を知ったのもこのころでした。宮脇壇の言う「住宅作家」という言葉が、自分の目指す道だと直感しました。
上野の国立西洋美術館も、ル・コルビュジエの作品
ある時、「住宅なんて建築士がやるもんじゃない。俺たちの仕事は大きなビルだ」と事務所の代表が語っていました。
事務所の若手として住宅を担当していた私は、幼いころから父の現場に連れて行かれ、弟とともに木工事の手伝いをしていたこともあり、代表の言葉に違和感を覚えました。
その後、どんどん住宅が魅力的に思えてきた私は事務所を退社。勉強を続けながら、大滝建築事務所を立ち上げました。1986年12月、まだ、私は21歳でした。
設立後、初めて依頼をいただいたお住まい、狭山市内のSさん
設計事務所で働いていた私、大工の父、大工の弟の3人でスタートしました。設計は私、現場が弟が担当し、木工房では父が造作材で手作りしています。
傾斜地の家や狭小住宅など、ハウスメーカーが嫌がるような個別対応の住宅を得意としました。
設計担当の私も必ず出向きます。バリアフリー住宅は、現場で実際に確認しないと分からない部分も多いからです。
左:大瀧善賀津、右:大瀧雅寛(私)
工事途中で設計変更が必要な場合は、現場で図面を変えていきます。手掛ける住宅の図面はファイル形式で、最終的に分厚くなってしまう場合を少なくありません。
住み心地の良さを第一に考えると、図面通り作れば良いというものではありません。現場が始まると再設計が始まるという思いです。設計と施工を両立していることから、現場で柔軟に対応することが可能になります。
ヒバの造作材を加工する父、狭山市内の木工房にて
さらに、オリジナルの造作材を使用している点も、大きな特色だと思います。バリアフリーの新築・リフォームの場合、例えば、建具とセットになったドア枠などの既製品では対応できないことも少なくありません。
そのため、父が造作材で手作りしています。ヒバの無垢材を多く使い、反りやすい欠点を補うため集成材にして使用しています。
初めてのバリアフリー住宅の住まい手さんのOさん
バリアフリー住宅を手掛け始めたのは1995年です。
私の友人の母が交通事故にあったことがきっかけでした。車いすで生活ができるようにすること、また介護が必要な家族もいることなどを踏まえた住宅を完成させました。
それ以降、紹介などからバリアフリー住宅を多く手掛けるようになりました。
30代の建て主でも、高齢になってからのことを考慮して、当初からバリアフリーにしたり、リフォームを念頭に置いたりする新築の注文も増えています。
バリアフリー住宅を中心として大滝建築事務所の仕事を、朝日新聞の記者の方に見ていただき、数回、紙面に取り上げていただきました。
2000年に介護保険がスタートし、バリアフリーが話題になることが多くなり、朝日新聞の夕刊でコラムを連載させていただく幸運にも恵まれました。
「居心地のよい住まい」は朝日新聞の夕刊マリオンに、1年間の間、連載されたコラムです。
現在でこそ、バリアフリーに対応した建材・設備が開発されているが、手掛け始めた当初はほどんどなく、例えば業務用ドアを使用するなど試行錯誤でした。『みんな同じことで苦労しているかもしれない』という思いや試行錯誤で蓄積したノウハウも、『お客様から教わったことを次のお客様に伝えたい』との思いから、ホームページ等で積極的に発信し続けています。